静と動が織りなす独自の世界観
繊細なファインラインと、肌の上に鮮烈に浮かび上がる「赤と黒」のコントラスト。 その独創的な世界観で、多くのファンを魅了するタトゥーアーティスト、Özge。コンテンポラリーアートや絵画をバックボーンに持ち、ジャンルを横断しながら表現を続ける彼女の手によって生み出されるデザインは、どこかシュールで、それでいて確かな温かみを湛えています。
今回は、彼女がタトゥーという表現に出会ったきっかけから、独自の色彩感覚やタトゥーに対する情熱についてお話を伺いました
タトゥーを始めたきっかけ
大学で絵画を専攻し、大学院では陶芸や写真を含む様々な現代美術を学んでいたÖzgeは、ファインアートの道を歩んでいました。そんなある日、父親から「お前にタトゥーを彫ってほしい」と言われます。彼女がすでに絵を描いていたため、わざわざ他の彫り師を探す必要はないと父親は考えたのです。最初は、タトゥーが本当に自分が心から好きになれるものかどうかも分からず、彼女はためらっていました。
「そしたら父が『タトゥーマシンを買ってあげるから』って説得してきたんです。それを聞いて、私は笑って、とりあえずやってみることに同意しました」
『タトゥーマシンを買ってあげるから』という父の言葉に説得され、彼女は笑って試してみることにしました。結局、父親がマシンを買ってくれることはありませんでしたが、彼女は父に2つのタトゥーを彫りました。 今振り返ると、彼女はタトゥーを学べたこと、そして最初に提案して背中を押してくれた父親に心から感謝しています。父のサポートがあったからこそ、タトゥーの世界へ最初の一歩を踏み出す自信を得ることができたのです。


Özge Kul『Bits and Peace』2025年6月 タトゥーやデジタルアートの表現を取り入れた、歴史の残響を現代の視覚的表現へと織り込んだ作品群を発表。主に古代中東の神話、獣や神々をを現代のイラストレーションと、伝統的なモザイク技法を融合させて表現。過去と現在が繊細なバランスで共存している世界を表現している。
タトゥーアーティストとしてのキャリアを築く一方で、彼女は現代アーティストとしての探求も続けました。その集大成となったのが、アメリカ・フィラデルフィアで開催された自身初の個展です。そこで彼女はモザイク作品を発表しました。それまでに築き上げてきたタトゥーのキャリアは、彼女の多様な芸術活動へと融合していきました。
黒と赤、肌が生み出す温度
オズゲの作品の代名詞となった黒と赤の配色は、最初から計画されていたわけではありません。そうではなく、時間をかけて実験的な試みを重ねるなかで発展していったものです。 タトゥーを始める前、彼女は色を扱うことよりも、ペン、鉛筆、木炭などを使ったドローイングに主に興味を持っていました。その結果、彼女の初期のタトゥーはほとんどがブラック&グレイでした。その後、彼女はデザインにおいて自分が大切にしていた「シンプルさ」や「自由な解釈の余地(オープンさ)」を損なうことなく、作品に単色(ひとつの色)を取り入れる方法を模索し始めたのです。
「写実主義(リアリズム)にはあまり興味がなくて、むしろ見る人が自由に解釈できるようなイメージを作りたかったんです。そのちょうどいいバランスを見つけるまでには、たくさんの試行錯誤が必要でした」
模索を重ねる中で、彼女は墨のぼかしと、鮮やかな赤を組み合わせることが、肌の持つ温もりを完璧に引き立てるということに気づきました。そして時間を経るごとに、この配色が彼女の作品を定義する重要な要素となっていったのです。 あらかじめ決められたコンセプトに従うのではなく、彼女のスタイルは、ドローイングを軸としたアプローチと、タトゥーという表現媒体への絶え間ない探求を通じて、少しずつ進化を遂げてきました。
解剖学との調和、生きているデザイン
彼女のポートフォリオを眺めると、大きめの作品(ビッグピース)が優美に目を引きます。その背景には、タトゥーを通じて「身体の解剖学的構造(アナトミー)」を引き立てたいという独自のこだわりがありました。
私はタトゥーを、肌の上に独立した小さなデザインをポツンと配置する行為だとは思っていません。デザインの中に抽象的な要素を取り入れながら、人間の身体が持つ筋肉のライン、骨の美しさ、そして動きそのものとデザインを融和させて、まるでタトゥーが身体と『一緒に生きている』かのような一体感を生み出したいんです。そのためには、ある程度のサイズ感が必要になります。
時には人間の骨のラインを花の枝へと置き換え、時には筋肉の膨らみを鳥の身体のフォームに見立てて融合させる。以前手がけた背中の彼岸花の作品も、その部分の身体の美しさを補完するように筋肉のラインに沿って配置されていました。肌の上に独立したデザインを置くのではなく、身体そのものを別の美しい何かへと変化(移行)させるような感覚。だからこそ、彼女の作品には肉体を包み込むだけのスケール感が必要不可欠なのです。
シュルレアリスムから見える動と静
When discussing Özge’s artistic expression, the influence of Surrealism from great masters like Salvador Dalí and René Magritte is inseparable. However, the deepest essence she drew from their masterpieces was not the bizarre combination of motifs, but rather the “unique sense of stillness” within them.
“When I express Surrealism, what I value most is ‘stillness.’ It’s a sensation as if no wind is blowing, and even the air itself doesn’t exist. A world where everything is perfectly suspended, and even the very concept of time seems to have vanished.”
彼女はスマートフォンの画面にマグリットの『貫かれた時間』を映し出し、無機質な部屋の暖炉から蒸気機関車が突如として現れながらも、そこには煙や凄まじい音が一切存在せず、完璧な静寂のなかに佇んでいる不思議さについて語ってくれました。その絵画と同じように、彼女も本来なら激しく動いているはずのモチーフの動きを、あえて意図的に「止める」のだと言います。「時間が凍りついたような感覚(フローズン・フィーリング)が好き」と語る彼女。
現実のルールや「こうあるべき」という固定観念を壊し、相反する概念のコントラストを同居させる圧倒的な静寂こそが、彼女のタトゥーの本質にあります。お気に入りのモチーフである「鳥」が、多くの意味やシュルレアリスム的な感情を背負いながら神秘的な気配を纏うのも、この静寂の哲学が根底にあるからでしょう。
枠を超えた先へ、新たな挑戦
現在の赤と黒、そして有機的なモチーフの組み合わせによって、すでにアーティストとしての確固たるシグネチャーを確立しているÖzge。けれど、一人の現代美術家である彼女の視線は、すでにその枠組みのさらに先へと向けられています。今後はさらにシュルレアリスムの純度を高めた作品を作っていきたいと語る彼女ですが、その新しい前兆として、最近、新しいインクを手に入れたことを嬉しそうに教えてくれました。
「実は、最近『青いインク』を手に入れたんです。これからは、赤の代わりにこの鮮やかで美しい青を肌の上でどのように表現できるか、新しく練習と挑戦を始めていきたいと思っています」
これまで赤が担ってきたあの鮮烈なアクセントが、もし深く美しい「青」に置き換わったら、肌の上でどのような新しい化学反応が起きるのでしょうか。現実を壊し、新しい世界を構築していく彼女の実験は、ここ東京のスタジオでも止まることはありません。肉体とアートが交錯する境界線で、次はどのような作品が紡ぎ出されるのか、今から期待に胸が高鳴ります。
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